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吾輩は猫のちゃんぷである (「春に散る」補完計画2)

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吾輩は猫である。名前はちゃんぷである。
日本で生れた以外はとんと見当けんとうがつかぬ雑種の雄の若造である。
吾輩は一人暮らしだった広岡という元ボクサーが生きている時に彼の仮住まいのバルコニー
に段ボール箱の住処を提供され、後にチャンプの家に広岡の知り合いの佳菜子に、この家に
連れて来られ、その家の新しい住人にちゃんぷという名を付けられた事を記憶している。


吾輩はこの白く大きな洋館の、吾輩の名付けの後に付けられたチャンプの家に来る随分前に
始めて人間というものを見た。
しかもあとで聞くとそれは株主という人間中で実は一番獰悪な存在が多い種族であったそうだ。
この株主というのは時々大衆に隠れて地下教会等で我々や四足の赤子を捕えて血祭ユッケ
か煮て食ったり、またたびの様な麻薬を使ってトランス状態で集団御乱交の友愛黒魔術儀式
に興じるという吾輩の様な猫ごときにとっても極めて薄ら寒い話である。
しかしその当時は吾輩は無知の塊であったから別段恐しいとも思わなかった。ただ彼の手の
上に載せられてスーと持ち上げられた時何だか虚脱した感じがあったばかりである。


掌の上で少し落ちついて株主の顔を見たのがいわゆる悪霊に麻薬憑依された人間著名人
権力者というものの見始めであろう。この時異様なものだと思った感じが今でも残っている。
第一毛をもって装飾されべきはずの頭が剃られてつるつるしてまるで海坊主かTVに出てくる
聖職者だ。その後猫にもだいぶ逢ったがこんな奴らには一度も出くわした事がない。
のみならず顔の真中があまりに突起していて、まるで麻薬中毒の魔法使いの鍵鼻だ。
そうしてその穴の中から時々ほわほわと煙を吹く。どうも咽せぽくて実に弱った。
これが人間の吸う巻紙に阿片が染み込んだ煙草というものである事はようやくこの頃知った。


この株主の掌の裏でしばらくはよい心持に坐っておったが、しばらくすると非常な速力で運転
し始めた。株主が動くのか吾輩だけが動くのか分らないが無暗に眼が廻る。気分が悪くなる。
到底とうてい助からないと思っていると、どさりと音がして眼から火花が出た。
それまでは記憶しているがあとは何の事やらいくら思い出そうとしても出て来ない。
ふと気が付いて見ると株主はいない。たくさんいた兄弟が誰もいない。
肝心の母親さえいないなんてまるで難民の様だ。その上今までの所とは違ってやたらに明るい。
眼を明けていられぬくらいだ。はてな何でも様子がおかしいと、のそのそ這い出して見ると非常
に痛い。吾輩は藁の上から急に公園の植え込みの中へ棄てられた。


ようやくの思いで植え込みを這い出すと向うに大きな建物がある。
吾輩は建物の前に坐ってどうしたらよかろうと考えてみた。
無知故に別にこれという分別も出ない。しばらくして泣いたら株主がまた迎えに来てくれるかと
考え付いた。
ニャー、ニャーと試しに啼いて見たが誰も来ない。そのうち建物の横をさらさらと風が渡って日
が暮れかかる。腹が非常に減って来て、泣きたくても声が出ない。
仕方がない、何でもよいから餌のある所まであるこうと決心をしてそろりそろりと建物を左に廻
り始めた。どうも非常に苦しい。そこを我慢して無理やりに這って行くとようやくの事で何となく
人気のある所へ出た。


ここへ這入ったら、どうにかなると思って金網の崩れた穴から、とある小さなトラックの荷台に
もぐり込んだ。
縁は不思議なもので、もしこの金網が破れていなかったなら、吾輩はついに路傍で餓死した
かも知れんのだ。一樹の蔭とはよく云いったものだ。
さて小さなトラックの荷台へは忍び込んだもののこれから先どうして善いいか分らない。
そのうちに暗くなる、腹は減る、寒さは増し、雨が降って来るという始末でもう一刻の猶予も
出来なくなった。その時、配達人が乗り込んだ小さなトラックが動き出し、近くのアパートに停車
した。吾輩はトラックの荷台から降りて、仕方がないからとにかく明るくて暖かそうな方へ方へ
とあるいて行く。今から考えるとその時はすでに将来の予定の内に這入っておったのだ。


ここで吾輩は株主以外の誰かという人間を再び見るべき機会に遭遇したのである。
それが先述の広岡という幾分年を取った男である。
これは前の株主と打って変わって寡黙で孤独な自炊生活を楽しむ、心臓を病んで日本に帰国
した海外実業家で、吾輩を見て、すっとバルコニーに段ボールの居場所と最適な食物を提供し、
あえて吾輩に名前もつけなかった。これは大変有り難いと思ったから眼をねぶって運を天に任
せていた。


が、そのうち、広岡はどこかに引っ越してしまった。吾輩は気配が消えた部屋のバルコニーで、
またしても凝りもせずにニャー、ニャーと啼き続けていたら、広岡の知り合いの不動産屋に勤め
る佳菜子が、アパートに片づけに来て、バルコニーの段ボールの前で啼いている吾輩を見て、
「広岡さんのところに行きたいか」と訊くので、「ウィ。(Yes.)」と返事したら、なんと、吾輩の大事
な居場所の段ボールと一緒に一時的に引き取ってくれたのだ。吾輩は佳菜子にキャリーバッグ
に入れられ、段ボールと一緒に、元住人が一家心中して得体の知れない気が充満している様な
白く大きな洋館に連れて行かれた。


その洋館の新しい住人の一人の佐瀬に、吾輩はちゃんぷという名を提案され、吾輩は容認した
が、あまりの大勢に笑われたこともあり、庭の隅まで逃げた。
こうして佳菜子に連れてこられた家でも、猫の月例会の時に外者にやられたときの目の周りの
傷を佳菜子に消毒してもらえた。佳菜子は解る人だ。こうした存在は非常に大事だ。
吾輩は、月例会で、得体の知れない存在の名誉保障の為に盗撮で脅されて名誉を買うカネの
為に死ぬまで3次元上で踊らなければならないブーリン家姉妹の様な責任放棄麻薬輪姦多胎
児出生の猫人間キャット・ピープルという哀れな存在についてとつとつと仲間達に述べていた
のだが、その時に、突然の外部侵入者に、目の周りをこっぴどくやられたのだ。
この口惜しさなど誰にもわかるまい。貨幣言語回避の真実で生きる猫の方がまだ真面である。
が、吾輩がこの家に来てから、この家が佐瀬によってチャンプの家という名前が付けられた。
かくして吾輩はついにこの家、チャンプの家を吾輩の住家と極める事にしたのである。


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